第1回 蒼(あおい)君との思い出
蒼君は、とても優しい男の子でした。
私が蒼君と出会ったのは、小学校の高学年の頃です。
学校に来ることが難しく、授業にもついていけなくなっていたあおい君は、少人数で個別に支援を受けられる私のクラスにやってきました。
優しくて、少し臆病で、人との関わりに傷ついた経験をもった子でした。
朝、一人では学校に来られない蒼君を、私はよく家まで迎えに行きました。
迎えに行けば必ず来れる、というわけではありません。
玄関から出て来れる日もあれば、出て来られない日もありました。
私のクラスは8人ほどの小さなクラスでした。
蒼君は、黒が好きでした。
服もマスクも黒。
写真を撮られることは大嫌いでした。
そして、集団の中に入ることが、とても苦手でした。
教室に入れない。
授業や楽しい行事にも参加できない。
みんなが活動している場所に、どうしても入っていけない。
雨の日や真夏の暑い日、雪の降る寒い日にも、校舎内に入れず、外に立っていることもありました。
そんな姿を見ると、私は胸が苦しくなりました。
「入りたくない」のではなく、
「入りたいけれど、入れない」こともある。
集団活動を拒むことは、単なるわがままでも、甘えでもない。
もちろん、すべてを「できなくてもいい」で終わらせればいいわけではありません。
蒼君自身が少しずつ頑張って、乗り越えていかなければならないこともあります。
どこまで待つのか。
どこで背中を押すのか。
何が本人のためなのか。
私は、迷いながらの学校生活でした。
6年生になり、修学旅行が近づいてきました。
普段の蒼君の様子から、修学旅行への参加は難しいかもしれないと、誰もが思っていました。
蒼君自身も、
「修学旅行には、僕は行かなくてもいいです」
と、何度も言っていました。
ただ、ときどき、
「遊園地には行ってみたい」
と言うことがありました。
私は、蒼君の中に少しでも「行ってみたい」という気持ちがあるのなら、その気持ちを大切にし、背中をおしたいと思っていました。
そんな蒼君との思い出の中で、今でも忘れられない朝があります。
修学旅行の当日の朝のことです。
学校の集合時間は朝7時。
でも、みんなが登校する時間と重なってしまうと、蒼君はまた動けなくなってしまうかもしれません。
私は前日に、
「先生、明日は5時50分に迎えに行くね」
と蒼君に伝えていました。
そして当日。
まだ外は薄暗く、肌寒い時間でした。
私は少し緊張しながら、蒼君の家へ向かいました。
今日は、出て来られるだろうか。
みんなと一緒に修学旅行に行けるだろうか。
そんなことを考えながら待っていると――
蒼君が、わりとすぐに家から出てきました。
そのときの驚きと感動を、今でも覚えています。
私たちは一緒に学校へ向かいました。
まだ薄暗かった空が、少しずつ明るくなっていきました。
「ねぇ蒼、今日はよく起きられたね!」
私がそう言うと、あおい君は、
「あの〜……僕、寝てません。」
二人で笑いました。
学校に着くと、友達や先生たちが蒼君を見つけて、嬉しそうに声をかけてくれました。
たくさんの人に声をかけられると、蒼君は恥ずかしそうに私の後ろに隠れたり、近くの物陰に隠れたりしていました。
でも、ちゃんとそこにいました。
みんなと一緒に、修学旅行へ出発する場所に立っていました。
そして蒼君は、その日、修学旅行へ出発しました。
あとから聞いた話では、それが蒼君にとって初めての旅行だったそうです。
あの朝のことを、私は今でも時々思い出します。
まだ暗いうちに迎えに行ったこと。
蒼君が家から出てきてくれたこと。
二人で学校へ向かううちに、少しずつ空が明るくなっていったこと。
そして、蒼君の笑顔。
あの朝、家から出てきた蒼君の姿を、私はずっと忘れないと思います。

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